本校3年目の廣田です。今年度も昨年度に引き続き、1年生の担任をさせていただきます。
昨年度の研究発表会で行った「ずうっと、ずっと、大すきだよ」の実践。この実践の中で、私がとても印象に残っている子どもの言葉があります。
それは、「どうして家族で飼っている犬なのに、エルフのことを『ぼくの犬だったんだ。』というのか。」という課題を考えていたときに、出てきた言葉でした。
「昔、おばあちゃんの家で犬を飼っていて、私もおばあちゃんの家に行ったときに遊ぶことがあって、その犬が死んだとき悲しかった。でも、ぼくはエルフとずっと遊んでいたし、いっしょに大きくなったから、私よりももっともっと悲しかったと思う。(私は)「ぼくの犬だった」っては思ってなかったから。」
国語科は、言葉やリテラシーについて学ぶ教科です。平たく言えば、子どもの言語運用能力を高める教科だと思っています。先に述べた、発言をした子も「ぼくの犬」という言葉に立ち止まりながら、その言葉のもつ意味や語彙を広げていった姿でした。
しかし、この子は言葉の意味を広げるだけにとどまらず、物語を通して考えたことと自分を結び付けながら、自分自身を見つめ直していっていました。これは読むことだけの話ではなく、話すこと・聞くこと、書くことにおいても、学習の中で自分自身を見つめ直す姿はあるのではないかと考えさせられました。
結局のところ、国語科という教科の大切さは、「言葉を通して、『自己認識』や『自己変容』のきっかけを生み出すこと」にあるのではないかとこの子の姿から考えました。
実践が終わってから、どうしてこの子のような姿が表れたのかを考えてみてみました。
それには3つの対話が関わっていたのではないかと考えています。一つ目が「教材との対話」、二つ目が「他者との対話」、三つ目が「自己との対話」です。
今年度は対話を中核に据えて、この3つの対話を充実させていく手立てについて研究を進めていきます。
「教材をじっくり読むのってたのしい。」「友達と話すといいことがある。」「前の自分とは少し違う気がする。」
こんな風に子どもたちが思ってくれることを目指して実践を積み重ねていきます。